【機能デザイン領域 杉山 和靖 教授】
気体と液体を混ぜる回転ローターのエネルギー損失メカニズムを解明
-動力伝達装置、攪拌機などの効率向上に資する設計指針を提供-
・回転ローターによって気体と液体が混ざった流れを動かしている状態(気液二相流)において、エネルギー損失(※1)が最大化するメカニズムを、実験とスーパーコンピュータによる数値シミュレーション(※2)との融合により解明
・損失最大化は、界面波の共振(※3)に関係し、ローターと気液界面の直接的な衝突に加え、ローター周囲に生じる特異な高圧・低圧領域の圧力変動が大きく影響していることを特定
・動力伝達装置、攪拌機などの産業機器におけるエネルギー損失の低減と最適な設計・運転に資する基礎的知見を提供し、産業機器のさらなる省エネ化や性能向上の実現に期待
大阪大学大学院基礎工学研究科 河村真佑さん(博士後期課程)、杉山和靖教授(理化学研究所光量子工学研究センター 客員研究員兼任)、東京大学大学院工学系研究科 渡村友昭講師(理化学研究所光量子工学研究センター 客員研究員兼任)の研究グループは、動力伝達装置、冷却システム、化学攪拌機など、様々な産業分野で使われる「ローター駆動型気液二相流」におけるエネルギー損失メカニズムを詳細に解明しました。
本研究では、エネルギー損失が局所的なピークを示す現象(損失最大化)(図)に焦点を当て、実験とスーパーコンピュータ「SQUID」(※4)や「HOKUSAI BigWaterfall2」(※5)を活用した数値シミュレーションを組み合わせてその詳細を解析しました。
研究の結果、損失最大化をもたらすトルク(※6)の最大化は、ローターと液面の衝突だけでなく、一周期ごとに複数回発生するローター前後の圧力の偏りが顕著になることが原因であることを突き止めました。
さらに、液体の充填率が高いほど、この損失最大化の効果が弱まることが明らかになり、回転速度だけでなく液面高さも考慮することでエネルギー損失を効果的に低減可能であることが示されました。
これらの知見は、複雑な産業機器における流体抵抗や攪拌損失(※7)の理解を根本から深めるもので、産業機器のさらなる省エネ化や性能向上の実現が期待されます。
本研究成果は、混相流れに関する専門学術誌である「Multiphase Science and Technology」に、2025年12月14日付で公開されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)エネルギー損失
流体を用いる機械・装置の多くは、流体の持つエネルギー(運動エネルギー、位置エネルギー、圧力によるエネルギー)を仕事や動力の源として利用します。流れに摩擦が生じると、流体の持つエネルギーの一部は熱エネルギーに転換され、機械や装置の動作に利用できなくなります。流体の運動や力を工学的に応用する流体工学の分野では、このエネルギーの転換分をエネルギー損失と呼びます。
(※2)数値シミュレーション
現象の法則を表す数式をコンピュータで計算し、その現象をコンピュータ上で再現することです。
(※3)共振
物体が持つ揺れやすい振動数(固有振動数)と同じ振動数で外部から力を加えたときに、その物体の揺れが著しく大きくなる現象。流体が共振すると、その振動運動の振幅が時間とともに増大し、やがて極大値に達します。
(※4)「SQUID」
大阪大学D3センターが設置し、2021年5月から運用されている計算機。
(※5)「HOKUSAI BigWaterfall2」
理化学研究所 情報セキュリティ・システム部が設置し、2023年12月から運用されている計算機。
(※6)トルク
回転軸から力がはたらく点までの距離と、その点にかかる力との積で表される量です。流体中を回転するローターには、流体の抵抗や浮力によりトルクがはたらきます。ローターをより速く回転させると、ローターにはより大きなトルクが作用します。トルクに角速度(単位時間あたりに回転する角度、つまり回転の速さ)をかけたものは動力と呼ばれます。エネルギーの釣り合いから、ローターが回転し続けるとき、その動力の時間平均値は、単位時間あたりのエネルギー損失に等しくなります。これは、流体の持つエネルギーを失う分だけ、それを補うための動力が必要になることを表します。
(※7)攪拌損失
回転ローターや羽根車などで流体をかき混ぜる際に、流体の持つエネルギーの一部が熱エネルギーに転換されます。この転換分(エネルギー損失)を攪拌損失と呼びます。
Last Update : 2026/01/23
【生体工学領域・出口 真次 教授】
細胞内部の分子挙動を統計的に可視化
-統計学と生物計測の融合で “見えない動き” を推定-

左から、著者の松永准教授、齋藤助教、岡辺さん、(一人おいて)右端が出口教授。
修了生の岡辺さんが研究室を訪問してくれた際の写真。
・細胞内の一部しか観察できなかった分子の動きを、空間統計学(※1)の手法を導入することで細胞全体のスケールで可視化することに成功
・従来のFRAP法(※2)やFCS法(※3)は、レーザーを用いた局所的測定に限られており、細胞全体の分子動態の取得が困難だった
・本手法は、疾患や老化に伴う細胞内構造変化の定量解析や薬剤作用の空間的影響の評価など、広範な応用が見込まれる
大阪大学大学院基礎工学研究科の齋藤匠助教、松永大樹准教授、出口真次教授らの研究チームは、これまで一部の領域しか観察できなかった細胞内の分子の動きを、空間統計学に基づき細胞全体で確率的に再構築する新しい解析手法を開発しました(図)。
細胞内では、分子が拡散(※4)や結合・解離(※5)を繰り返しながら構造をつくり、その構造自体も移動や変形を伴って生命活動を支えています。こうした分子の動きは場所によって異なり、その全体像を把握することが重要です。
研究チームは、気象解析などで使われる逐次ガウスシミュレーション法(※6)を細胞計測に応用し、限られた測定点から細胞全体の分子拡散マップを作成しました。この手法は単なる補間ではなく、空間的な不確実性を統計的に表現できる点が特徴です。結果として、細胞内部には明確な空間パターンが存在し、細胞質では分子が速く動き、核や小胞体では遅い傾向が確認されました。これにより、細胞内の構造密度や分子結合の違いが分子挙動に反映されていることが示唆されました。
本研究は、細胞内の分子拡散だけでなく、細胞内構造物の変形や結合動態の解析にも拡張可能であり、生命現象を空間統計的に理解するための新しい基盤技術となることが期待されます。
本研究成果は、米国生物物理学会が発行する学術誌 Biophysical Journal に、2025年10月7日付でオンライン掲載されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)空間統計学
地図や気象データのように、場所によって異なるデータを解析する統計学の分野。近い場所ほど似た性質をもつという空間相関を扱う。
(※2)FRAP法
蛍光分子をレーザーで褪色し、その部分の蛍光がどのくらいの速さで回復するかを観察して、分子の動きを調べる方法。
(※3)FCS法
蛍光の強さのゆらぎを解析し、分子がどのくらい速く動いているかを調べる方法。
(※4)拡散
分子が細胞内をランダムに動き回る現象。
(※5)結合・解離
分子同士がくっついたり離れたりすること。細胞内の化学反応や構造変化に関わる過程。
(※6) 逐次ガウスシミュレーション法
観測点のデータから、空間的なばらつきを考慮して全体の分布を逐次的に推定する手法。
Last Update : 2026/01/23
【非線形力学領域・垂水 竜一 教授】
ゴムの鋭い亀裂は粘弾性から生じる
-ノーベル賞受賞者30年来の理論を証明-
・ゴムが一瞬で壊れる「高速破壊」時に、なぜ亀裂先端が鋭くとがるのかは長年未解明だった。
・ノーベル物理学賞受賞者ド・ジェンヌ博士が提唱した「粘弾性トランペット理論」を連続体力学の基礎方程式から初めて導き、ゴムの基本的性質である粘弾性だけで鋭化が生じることを数学的に証明した。
・タイヤから医療材料まで、幅広いポリマー材料の破壊制御や耐久性向上の理論的基盤となることが期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業において、大阪大学 大学院基礎工学研究科の長滝谷 北斗 大学院生(博士後期課程)、小林 舜典 助教、垂水 竜一 教授とZEN大学 知能情報社会学部 作道 直幸 准教授(兼:東京大学 大学院工学系研究科 特任准教授)の研究グループは、ゴムの高速破壊の際に亀裂先端が鋭くとがるメカニズムを、世界で初めて数学的に解明しました。
ゴム風船が割れたり、タイヤが破裂(バースト)したりするのは、微小な亀裂が一瞬で広がる「高速破壊」によるものです。このとき、亀裂先端が鋭化し破壊が加速しますが、なぜ鋭化するのかは長年解明されておらず、従来は材料の複雑な非線形効果(※1)が原因と考えられてきました。
本研究グループは、亀裂進展の問題を数学的に厳密に解き、亀裂の形状と材料全体の変形を記述する数式を導出しました。これにより、亀裂先端の鋭化が、ゴムなどのポリマー材料(高分子材料)(※2)が持つ基本的な性質である「粘弾性(※3)」だけで生じることを証明しました。さらに、ノーベル物理学賞受賞者ド・ジェンヌ 博士(※4)が約30年前に提唱した「粘弾性トランペット理論(※5)」を、連続体力学(※6)の基礎方程式から数学的に証明しました。
本成果は、タイヤから医療材料まで幅広い粘弾性材料の破壊制御の理論的基盤となり、製品の耐久性向上や事故防止、長寿命化による環境負荷低減への貢献が期待されます。
本成果は、2025年10月1日(現地時間)に米国の学術誌「Physical Review Research」にLetterとしてオンラインで公開されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)非線形効果
材料に加えた力と生じる変形が比例関係から外れることによる効果。通常、小さな変形の範囲では力を2倍にすると変形も2倍になる。しかし大きな変形では、この比例関係が成り立たなくなる。ゴム・ゲル・プラスチックなど、柔らかくよく伸びるポリマー材料では特に顕著に現れる。
(※2)ポリマー材料(高分子材料)
小さい分子(モノマー)が多数つながり、ひも状や網状に結合した分子を高分子(ポリマー)という。高分子からなる材料がポリマー材料である。分子鎖の種類や結合様式により、プラスチック・ゴム・ゲル・繊維など多様な性質を示す。ゴムは長い分子鎖が化学的に架橋した網目構造を持ち、大きく伸びても元に戻る性質がある。ゲルは同様の網目構造に水などの液体を含んだもの。金属より軽量で成形しやすい利点があるが、薄くすると破れやすく、硬くするともろくなるのが課題であり、強靱なポリマー材料の開発が求められている。
(※3)粘弾性
材料が示す弾性(バネ的な性質)と粘性(蜂蜜のようなネバネバした性質)を併せ持つ性質。ポリマー材料では、変形速度により応答が変化する。ゆっくり変形させると柔らかく振る舞い(ゴム状態)、速く変形させると硬くなる(ガラス状態)。中間の速度では粘性によるエネルギー散逸が起こる。この性質により、同じ材料でも亀裂の進展速度によって破壊の様相が劇的に変化する。力に比例して変形が生じる場合を線形弾性、力に比例して流れが生じる場合を線形粘性といい、両者を併せ持てば線形粘弾性という。今回は、線形粘弾性のみで亀裂先端の鋭化が生じることを示した。
(※4)ド・ジェンヌ博士
フランスの理論物理学者(1932-2007)。1991年ノーベル物理学賞受賞。磁性体や超伝導体の研究で開発した理論手法を、高分子や液晶などのソフトマターに応用し、物理学の新分野を開拓した。スケーリング理論と呼ばれる手法で複雑な現象の本質を抽出し、「現代のニュートン」と称される。
(※5)粘弾性トランペット理論
ド・ジェンヌ 博士が1996年に提唱した、粘弾性材料の動的破壊を記述する理論。亀裂周辺を3つの領域に分け、各領域での変形がべき乗則(※8)に従うと予言。亀裂形状がトランペットのように広がることから命名。スケーリング理論とエネルギーバランスから導かれたが、連続体力学との関係は不明だった。本研究により初めて連続体力学の基礎方程式から導出され、30年越しに理論的正当性が証明された。
(※6)連続体力学
物質を原子・分子の集合ではなく連続的な物体として扱い、その変形や流動を偏微分方程式で記述する理論体系。自動車・航空機や橋の安全設計から人工関節などの医療分野まで幅広く応用される。しかし粘弾性材料の動的破壊は方程式が複雑で解析が困難だった。本研究は新しい数学的手法(※7)により、この難問に初めて厳密解を与えた。
(※7)新しい数学的手法
中学校の数学の図形では、適切な補助線を引くことで複雑な問題が簡単に解けることを習う。本研究でも似た発想の転換が鍵となった。ゴムの破壊では、材料全体が時々刻々と変形する複雑な動的問題を扱う。この変形は各点での「変位場」(電場や磁場のように空間の各点で定義されるベクトル量)で表される。本研究では、時間変化する複雑な変位場を、時間変化しない静的な変位場に変換する「補助場」を発見した。この補助場を用いて動的な亀裂進展を静止した亀裂の問題に変換し、比較的簡単な静止した亀裂の問題を解いてから元の動的な亀裂進展の問題に戻すという数学的工夫により、複雑な粘弾性材料の動的破壊に厳密解を与えた。
(※8)べき乗則
物理量の間に「xのn乗に比例する」という関係が成り立つ法則。身近な例として、音の大きさは、音源から2倍離れると1/4に、3倍離れると1/9になる。これは、音源からの距離xの2乗に反比例する(x-2に比例する)というべき乗則が成り立つためである。本研究では、亀裂先端からの距離xに対して、亀裂の開き幅が特定のべき乗(x1/2、x3/2)に従うことを発見した。x1/2は丸い放物線形状、x3/2はとがった形状を表し、べき乗則の指数nを特定することで亀裂形状の全体像を定量的に理解できる。
Last Update : 2025/10/23