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研究室だより Vol.33 出口研究室

【生体工学領域・出口 真次 教授】

細胞内部の分子挙動を統計的に可視化
-統計学と生物計測の融合で “見えない動き” を推定-

左から、著者の松永准教授、齋藤助教、岡辺さん、(一人おいて)右端が出口教授。
修了生の岡辺さんが研究室を訪問してくれた際の写真。

・細胞内の一部しか観察できなかった分子の動きを、空間統計学(※1)の手法を導入することで細胞全体のスケールで可視化することに成功

・従来のFRAP法(※2)やFCS法(※3)は、レーザーを用いた局所的測定に限られており、細胞全体の分子動態の取得が困難だった

・本手法は、疾患や老化に伴う細胞内構造変化の定量解析や薬剤作用の空間的影響の評価など、広範な応用が見込まれる

大阪大学大学院基礎工学研究科の齋藤匠助教、松永大樹准教授、出口真次教授らの研究チームは、これまで一部の領域しか観察できなかった細胞内の分子の動きを、空間統計学に基づき細胞全体で確率的に再構築する新しい解析手法を開発しました(図)。

細胞内では、分子が拡散(※4)や結合・解離(※5)を繰り返しながら構造をつくり、その構造自体も移動や変形を伴って生命活動を支えています。こうした分子の動きは場所によって異なり、その全体像を把握することが重要です。

研究チームは、気象解析などで使われる逐次ガウスシミュレーション法(※6)を細胞計測に応用し、限られた測定点から細胞全体の分子拡散マップを作成しました。この手法は単なる補間ではなく、空間的な不確実性を統計的に表現できる点が特徴です。結果として、細胞内部には明確な空間パターンが存在し、細胞質では分子が速く動き、核や小胞体では遅い傾向が確認されました。これにより、細胞内の構造密度や分子結合の違いが分子挙動に反映されていることが示唆されました。

本研究は、細胞内の分子拡散だけでなく、細胞内構造物の変形や結合動態の解析にも拡張可能であり、生命現象を空間統計的に理解するための新しい基盤技術となることが期待されます。

本研究成果は、米国生物物理学会が発行する学術誌 Biophysical Journal に、2025年10月7日付でオンライン掲載されました。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

【用語説明】

(※1)空間統計学
地図や気象データのように、場所によって異なるデータを解析する統計学の分野。近い場所ほど似た性質をもつという空間相関を扱う。

(※2)FRAP法
蛍光分子をレーザーで褪色し、その部分の蛍光がどのくらいの速さで回復するかを観察して、分子の動きを調べる方法。

(※3)FCS法
蛍光の強さのゆらぎを解析し、分子がどのくらい速く動いているかを調べる方法。

(※4)拡散
分子が細胞内をランダムに動き回る現象。

(※5)結合・解離
分子同士がくっついたり離れたりすること。細胞内の化学反応や構造変化に関わる過程。

(※6) 逐次ガウスシミュレーション法
観測点のデータから、空間的なばらつきを考慮して全体の分布を逐次的に推定する手法。

Last Update : 2026/01/23