【機能デザイン領域 杉山 和靖 教授】
マイクロ流路を流れる柔らかい粒子の集まり方を解明
-スーパーコンピュータ「富岳」が解き明かす,細胞選別の新原理-
・マイクロ流路内における粒子の集束パターンが、粒子の変形性によって劇的に変化することを明らかに
・マイクロ流路内の粒子集束の研究は硬い粒子を中心に行われており、細胞のような柔らかい粒子の挙動は十分に理解されておらず、数値計算による予測はあったが、実験的な検証が不足していた
・細胞サイズのやわらかいヒドロゲル粒子(※1)を作製する技術を確立し、実験的に柔らかい粒子の集束挙動の検証、「富岳」を用いた大規模数値計算と新たな理論モデルによって、集束パターンの変化メカニズムを解明
・体の中の細胞や粒子の変形性を利用した次世代のマイクロ流体デバイス開発やがんの早期診断を実現する生体細胞の選別・分離技術への応用が期待
大阪大学大学院基礎工学研究科 廣畑佑真さん(博士後期課程)、杉山和靖教授(理化学研究所光量子工学研究センター 客員研究員兼任)、関西大学システム理工学部 関眞佐子教授、板野智昭教授、佐井一総さん(修士課程(当時))、丹下祐希さん(修士課程(当時))、 西山朋宏さん(修士課程)、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域 鈴木大介教授、湊遥香講師(特任)らの研究グループは、マイクロ流路内における粒子の集束パターンが粒子の慣性と変形性によって劇的に変化することを明らかにしました。硬い粒子が流路の壁近くに集まるのに対し、やわらかいヒドロゲル粒子は流路断面の中心や対角線上に集まることを実証しました。
さらに、スーパーコンピュータ「富岳」(※2)を活用したコンピューターシミュレーション(※3)や、新たな理論モデルに基づく解析により、レイノルズ数(※4)とキャピラリー数(※5)をパラメーターとする相図を作成し、集束パターンが劇的に変化する「相転移(※6)」の条件や、その背景にある物理の仕組みを明らかにしました。この成果は、液体の中の細胞や粒子の変形性を利用した次世代のマイクロ流体デバイス開発につながり、高効率な細胞選別技術として、がんの早期発見など医工学分野への応用が期待されます。
本研究成果は、流体力学に関する専門学術誌である「Journal of Fluid Mechanics」に、2025年9月18日付で公開されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)ヒドロゲル粒子
水分子を吸収して内部に閉じ込めたやわらかい材料でできた粒子です。架橋密度や組成を調整することで、やわらかさを調整することができます。変形しやすい性質を活かして、液体中の細胞の動きを調べるためのモデルとして使われることがあります。
(※2)スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機。2025年6月のGraph500ランキングで11期連続1位を獲得。また、TOP500では7位、HPCG(High Performance Conjugate Gradient)では2位、HPL-AI Mixed Precision(HPL-MxP、旧名HPL-AI)では6位を獲得するなど、世界トップレベルの性能を持っています。
(※3)コンピューターシミュレーション
現象の法則を表す数式をコンピューターで計算し、その現象をコンピューター上で再現することです。例えば、天気予報では、空気や水の動きなどのコンピューターシミュレーションによって未来の天候を予測しています。コンピューターシミュレーションは「理論」と「実験」に続く新しい研究方法であり、「第3の科学」と呼ばれます。コンピューターシミュレーションは実験が難しい問題を解決したり、製品開発の試作コストや手間を減らしたり、不思議な現象の仕組みを解き明かしたりするときに本領を発揮します。
(※4)レイノルズ数
流体の慣性力と粘性力との比を表す無次元数です。レイノルズ数は、流れが層流か乱流かを決める指標として使われます。私たちの研究では層流のみを扱っていますが、層流に限った条件でも、レイノルズ数が大きいほど、流れがまっすぐに進もうとする性質が強くなったり、粒子の周りの渦が強くなったりと、流れにレイノルズ数の影響が出てきます。
(※5)キャピラリー数
流体の粘性力と固体の弾性力の比を表す無次元数です。柔軟な粒子の場合、キャピラリー数が大きいほど変形しやすくなります。
(※6)相転移
たとえば水の温度を上げていくと氷から水、水から水蒸気へと融点、沸点を境に状態がガラッと変わることを相転移と呼びます。私たちは、特定のレイノルズ数とキャピラリー数を境に、粒子の集まる位置がガラッと変わることを研究しました。本稿では、この劇的変化を「集束パターンの相転移」と呼んでいます。
Last Update : 2025/10/17